決算書だけを見れば問題がないように見えても、企業を訪問すれば様々な経営悪化の兆候が出ているはずです。次のような兆候があればすでに経営は悪化し、粉飾決算を行っているかもしれません。あるいは次のような兆候が出てきたら、これから手を出す可能性が高いと考えられます。
人に関する兆候
まず人に関する兆候については経営者と経理担当者が中心となりますが、他にも次のようなことがあれば注意しましょう。
経営者
中小企業において経営者は大きな影響力を持っています。「企業=経営者」と言ってもいいでしょう。
経営者の健康状態
経営者の健康状態は重要です。常に体調がすぐれないようでは、思うように能力を発揮できず経営に影響が出てきます。そして、経営が悪化してくるとお酒に走ることも多いですから、二日酔いで午前中に出社できないこともあります。
日頃の面談から、経営者の健康状態にも注意してみましょう。
仕事以外に時間やお金を使っていないか
本来なら業務時間中にもかかわらず、経営者が仕事に集中せず、株などへの投資やギャンブル、政治活動、趣味などに時間を割いていないでしょうか。ひどい場合は企業の資金をそれらに使っていることすらあります。
経営者が仕事をしなければ結果は数字に表れてきます。ましてや社内の資金に手を出せばより経営は悪化します。従業員の士気にも影響してきます。
行き先を伝えない外出が増えた
経営者が外出する際、普通は部下にはどこへ行くのか、どれぐらいで戻るのか伝えるものです。しかし、行き先を部下が知らない外出が頻繁に発生するということは、言いづらい行き先、例えば銀行以外からの資金調達で動いていることが考えられます。
中小企業においては、資金繰り対策は経営者自身が行うことが多いです。経理担当者がいない小規模企業ならなおさらです。頻繁な外出は銀行から金融支援を受けるために奔走しているのかもしれません。経営者の一日の時間の大半を資金繰り対策で取られてしまうと、経営改善に必要なやるべきことができず、より経営は悪化していくことになります。
ワンマンではないか
経営者がワンマンの企業ではトップの命令は絶対となり、他の経営幹部や経理部長は反対できません。
それがプラスに作用する場合もありますが、多くは経営にとってデメリットになりやすいでしょう。経営者が誤った経営判断をしても反対意見が出てこなくなります。幹部も「反対しても怒られるだけだし、言われたことだけしていればいい」となります。
経営者がワンマンだと、自分の経営結果である決算書の内容が悪いものであれば、自分の経営に問題がなかったように見せたいですから、粉飾決算に走りやすくなります。しかし、それを誰も反対できません。
経営幹部や経理担当者が経営者とどのような会話をしているか、言うべきことは言っているでしょうか。
経理担当者
経理担当者、特に経理部長のような立場にある人物が頻繁に外出することはありません。しかし、アポが取りづらくなってきたら経営者と同様、資金繰り対策に動いていると考えられます。
突然の退職に注意
さらに、経理担当者は自社の経営状況を最もよく把握できる立場にありますから、一番早くに見切りをつけて退職するのは経理担当者です。
粉飾決算という不正行為を命令され、犯罪に手を染めることに耐えかねて退職する者もいるでしょう。
銀行担当者とは経営者の次に接する機会のある経理担当者です。普通なら退職が決まったら、会った時に退職や後任の者を紹介するでしょう。
それがまったくなく、経営担当者が突然退職するのは、他の従業員の退職以上に警戒したほうがいいです。
書類提出が遅くなっていませんか
これまでは税務申告が終わったら直ちに決算書が提出されたが、こちらから依頼しないと対応してくれない、または定期的に試算表などの経理書類の提出があったのに、それがなくなったとしたら、積極的に応じることができない内容だからです。
融資申し込み時に試算表の提出を依頼したが時間がかかるのは、試算表の内容が悪いため数字を調整していると考えられます。
優秀な社員の退職
以前とは異なり最近は転職が容易になりました。人材の流動化がさらに進み、優秀な社員は自身のキャリアアップや待遇改善を求めて転職します。
そのため、優秀な社員が退職したら、自身の能力に見合った給与をもらえていないなどの待遇面に不満を持っているか、経理担当者のように自社の数字を見ることはなかったとしても、経営悪化の兆候を掴んでいると考えられます。
どちらにしても優秀な人材の流出により業績悪化が見込まれますから、それを隠すためにも粉飾決算に手を出すことが考えられます。営業や製造といった部署のカギとなる従業員が退職した場合は要注意です。
頻繁に求人募集をしている
求人募集については、事業拡大に伴い従業員を増やしたい目的であれば、前向きに評価できると考えられます。しかし、そうでない場合も多いでしょう。頻繁に求人募集を行っているということは、人の出入りが激しいのですから内部に大きな問題が隠されているということです。
例えば、給与が低すぎる、休みが取りにくい、サービス残業が多い、営業ルマはあまりにも厳しい、ハラスメントなどの不満です。従業員に相当な無理をさせなければ、利益を出せない企業ということです。
入れ替わりが激しい企業では、業務上必要なノウハウも蓄積されていきません。それは長期的に見れば大きな問題です。
ネット上のネガティブ情報
飲食店やホテル・旅館を選ぶ際、ネットで検索すると評価や口コミを見ることができます。根拠のない批判も見受けられますが参考にされる方は多いでしょう。
同じように転職サイトにも、働いていた企業に対する評価が書かれていることがあります。不満があるから転職するわけですから、悪口のようなものが書き込まれているかもしれません。元従業員に問題があった場合でも企業側に責任があったかのような書き込みをする者もいるでしょうが、多数のネガティブ情報が書き込まれていたら、経営悪化の予兆ととらえることができるでしょう。
職場環境や社内の雰囲気から感じられる兆候
銀行員はできるだけ融資先企業を訪問して社内の雰囲気などにも注意してみましょう。
社内の雰囲気が悪化している
企業を訪問した際、以前に比べると悪い意味で雰囲気が違うなと感じることがあるかもしれません。具体的な理由は分からなくても、そういう感覚は無視しないほうがいいです。
業績悪化により資金繰り面はもちろん悪化しますが、給与は増えない、営業も思うようにいかない、取引先ともトラブルが増えるなどの結果、従業員の士気は低下していきます。
決算書の数字はいくらでも粉飾によって隠すことはできます。しかし、企業は銀行を数字上は騙せたとしても社内の雰囲気までは隠すことはできません。
見知らぬ人物の出入りがある
経営悪化が進んでくると、資金調達や資金繰りに関する打ち合わせが頻繁に行われるようになります。経営者の相談相手として考えられるのは、銀行員、税理士、経営コンサルタント、弁護士などです。社内の雰囲気とは違うスーツ姿の人が頻繁に出入りしているのは注意が必要かもしれません。
そのような姿の人を頻繁に見かけるようであれば、経営者にその件を聞いてみましょう。経営者から「メインバンクに返済のことや資金繰りについて相談している」「最近、利益減少が続いているので経営コンサルタントに協力してもらっている」などの回答が得られれば、
自社の経営を立て直そうと頑張っているわけです。
銀行担当者なら「当行も専門家とともに御社の経営立て直しに協力したいので、ぜひ一度紹介してくれないか」と言ってみましょう。相手のことを教えてくれたり、紹介してくれるよう日程を調整してくれるのであれば問題ありません。
しかし、はっきりとした答えが得られない、隠したい雰囲気であれば、その人物はもしかしたら、粉飾決算を含めたアドバイスを行う偽の専門家、もしくは高金利で融資をする金融業者の可能性が考えられます。
職場環境が悪化していないか
よく言われることですが、整理整頓ができていない、清掃が行き届いていないなど、職場環境の悪化と経営悪化はイコールといえます。例えば、トイレが汚い、観葉植物が枯れたまま放置されている、ほこりがたまっているのが目につくなどです。
整理整頓ができていないだけで、直ちに粉飾決算とはならないかもしれませんが、経営が好調な企業は職場環境が良好であることがほとんどです。
物に関する兆候
訪問時は人や雰囲気に加え、在庫や固定資産も見ておきましょう。
固定資産の売却
これは明らかに経営悪化の兆候です。経営悪化が相当進み、銀行からの資金調達が困難となったことから、仕方なく本社ビル、工場や倉庫などの土地や建物、あるいは車両などの固定資産を売却して資金繰りに充てたということです。
キャッシュフロー計算書でいえば、営業キャッシュフローや財務キャッシュフローのマイナスで、手持資金が枯渇するのを防ぐために行っていますから相当追い詰められています。すでに粉飾決算に手を出している可能性が高いです。
在庫
棚卸資産は粉飾決算でよく利用されます。経営状況が悪化すると仕入れが減り、在庫は減少します。実際は減少した在庫を過大に見せることで黒字にしようとしますから、実態と数字上では大きな乖離が出てきます。
実際に在庫を過大に抱えてしまい、それが販売できず適正な金額で販売できなくなっていることもあります。
どちらにせよ、経営に大きな問題が発生しています。それを銀行員に知られたくはないからと、倉庫などを見せることを嫌がるケースが増えてきます。
取引先に保管してもらっている、保管場所はここからかなり遠いから、などと平気で嘘を付いてくることもあります。自社になければ必ずどこに在庫があるのかヒアリングしましょう。
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